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HIKARU MACHIDA 町田光
NFL JAPAN 代表取締役社長 立命館大学客員教授 早稲田大学講師
1996年、スポーツファンでもなく、またアメリカンフットボールのプレーどころか観戦経験もなしでいきなりNFL JAPANの代表に就任、現在に至る。 「スポーツビジネスを学ぶことは、人や社会を学ぶこと、自分に出会うこと」をモットーに、大学の超人気講師としても活躍中。

スポーツを考える(2009年6月22日公開分)2012.02.23

はじめまして 町田です。

私はスポーツビジネスに14年間ほど関わっているのですが、実は個人的には音楽、映画、読書、散歩、に明け暮れる人生です。
子供のころは陸上やサッカーを少しやりましたが「体育会」「うさぎ跳び」「汗臭い部室」「先輩」という存在や「がんばる、夢はかなう、、勇気、サムライ」などの業界用語がいやで、長い間スポーツは敵と思っていました。特に自分たちが「良いこと」をしているのだという信念というか、石のような思い込みは、ほとんど恐怖に近いものです。

 ところで、私は好きな音楽や映画、文学について、自分にとって大切な作品や作家であればあるほど、単に「良かったー、感動した」だけでは済まなくて、「何であの人はあんな作品を作るんだろう」「あの人にそれを作らせた、家族や人間関係、社会環境、歴史的背景は何だろう」ということが気になり、知りたくてしょうがなくなるのです。
そして同時に「この人のこの作品に、ここまで取りつかれている僕って何?」という問いに常に向き合うことになります。

さてこの「スポーツを考える」ですが、人はなぜスポーツをするのか。スポーツを見て人々が熱狂するのはなぜか。スポーツはなぜ「国家」や「政治」と親和性が高く感じられるのか、スポーツのルールには歴史的な背景がある、などということについて考察したものです。
つまりスポーツを人や社会との関係、という観点から対象化、相対化した本です。
こういう本、というか視点は日本では珍しいのです。こういう視点、考察、研究がほとんど行われないところに日本のスポーツの、スポーツビジネスの不毛があると思います。

 …てな具合に、今後スポーツやアート、様々な事象などを人や社会との関係で考えてゆきたいと思います。

つづく

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HIKARU MACHIDA/町田光
NFL JAPAN 代表取締役社長 立命館大学客員教授 早稲田大学講師

PUNK ROCKー ティーンエイジャーの脱社会化2009.08.27

世界的な時差はあるにせよ、ティーンエイジャーの無防備な、ナイーブなエネルギーが作りだした60年代の革命幻想も、70年代中ごろに入ると次第にゆるゆるの普通の日常の風景の中に埋没してゆきました。音楽においても、あの思い出したくもない「低能サタデーナイトフィーバー」と、「馬鹿スタジアムロック」という「消費者として十分に飼いならされたティーンエイジャー」ばっかり、という状況になってきました。

 そんな時突然やってきたのが「PUNK」です。ニューヨークとロンドン両方からやってきたこの新しい波ですが、私はロンドンというかイギリスのほうに夢中になりました。1977年の初めのころと思いますが、Sex Pistolsのことを最初に知ったのは朝日新聞(と思う)の写真入りの記事でした。

「今ロンドンでパンクロックが人気。すべてに対して怒りをぶつけ、何も信じない若者たち。髪の毛を短く乱雑に切って、色を染め、Tシャツをぼろぼろにして、安全ピンをピアスにしている」みたいな内容だったと思います。それを読んだ時実はすごく嫌な感じがしたのを覚えています。「なんだよ、今更ストレートな怒りを表現したり、反体制の不良ぶったり、そんなことで何かが変わると思ってんの。馬鹿じゃん。」という屈折した感覚でした。

しばらくして、よく通っていたイギリスのトラディショナルフォークやプログレッシブロックを扱っていたレコード屋の隅に見たことのない変な、でもやけにカッコイイジャケットのレコードが置いてあって、それがSex Pistolsのこのアルバムでした。とにかく、見たことないデザイン、でも強烈な光を放っていて、あのいやな印象がありながら、結局買いました。そして家で聞いてみたら、もう何もかも全てが分かりました!って感じでした。不良がどうのこうのとか、ロックンロールの復権とか、全然筋違いの、本当に新しい、新しい人類が出現した、とでも言いたくなるような、すごい、かっこいい音でした。

直感的に感じたのは、まさにこの「新しさ」なんですが、その新しさとは「社会や歴史から切り離されている」スカスカした感じです。
その頃はこのことをうまく言えなかったんですが、今ならこう表現できるでしょう。
つまりロックが「反体制」だったのに対して、PUNKは「脱体制、脱社会」。もう反対すらしない。それも無効。社会の底が抜けた感じ。
「俺はほとんど空っぽ」「手に入れ方は知っているが、何がほしいのか分からない」という歌詞、にそのことがよく表れています。

この後、BUZZCOCKS,ADVERTS,WIREなどのPUNKから、80年代に入っての「NEW WAVE」に至る「脱社会的存在となった大量のティーンエイジャーが音楽、映画、文学、ファッションなどで猛威をふるう」、つまり今に至る時代が続いたという気がします。

SEX PISTOLSのジョニーロットンが「ロックは死んだ」と言ったのは有名ですが、それはこういうことなんだと思います。またジョンレノンが殺された時多くの人が「悲しい」「怒りを覚える」「時代が終わった」などの感傷的な言葉を口にする中、彼は顔をしかめて「何も変わんないさ」と言ったのが印象的でした。

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NFL JAPAN 代表取締役社長 立命館大学客員教授 早稲田大学講師

60年代後半の世界的バンドブームと「Teenager」2009.08.06

1960年代後半の世界的バンドブームはなぜ起きたのか。
「黄金の60年代」などとよく言われようにロックやポップスだけでなく他の音楽、映画、演劇、美術、さらにはファッション、スポーツに至るまで、いわゆるユースカルチャーのほとんどがこの時代に生まれ、大衆化しています。

それは「Teenager」という存在が登場し、台頭したという現象とシンクロしています。
Teenagerとは何か。それは単に「10歳から20歳」という「年齢層」を指す言葉というよりももっと象徴的な意味を表しています。つまり「すでに子供ではないが、生産する側となることを猶予されている存在」とでもいうことができるのではないでしょうか。

1900年初頭では、もっとも公教育が進んでいたアメリカでさえハイスクールの進学率は8.4%、ヨーロッパのそれは3%以下でした。さらにその50年前にはアメリカの小学校の就学率が40%以下です。
つまりかつては子供の次はすぐに大人、つまり生産に従事する存在に直結していたのです。しかも7〜8歳のころにはすでに十分に「大人」、つまり「労働者」とみなされたのです。
それが社会が豊かになるに従い、人間と社会の発展には幼年期の「教育」が不可欠であり、子供たちに「教育を受ける権利」を与える、という認識が高まりました。

2回の世界大戦が終結し、その中で最も傷の浅かったアメリカでは、戦後のベビーブーマーが15歳に差し掛かる1960年ころにはすでに70%近くがハイスクールへ進学し、大学進学率も都市部を中心に大きく伸びていました。
彼ら「Teenager」は生産者となることを猶予されただけでなく、高度成長社会の新たな「消費者」の役割が与えられます。
そしてこの状況は数年の差を持ちながら世界のほかの国や地域でも起こってゆくことになります。

つまり今では当たり前の「Teenage」という概念、そして「Teenager」という存在はせいぜいこの50年間くらいの間に誕生したものなのです。そしてその最初の「Teenager」たちは、世界が消費社会に突入しようとしていた時代の流れとその絶対的な「数量」によって、社社会全体を巻き込みひっくり返すほどのエネルギーを持っていたのです。

そのエネルギーの中には、何のルールもなくそれこそなんでもありで、明ー暗、体制ー反体制、美ー醜、創るー壊す、などが入り乱れそれがそのまま、音楽、映画、演劇、美術、スポーツ、政治、経済の中で繰り広げられました。
面白くなるわけです。

しかし同時にこれらが「生産しない者たち」、つまり「お小遣い」の世界での出来事だった、という本質的なひ弱さ、があったことも忘れてはならないでしょう。でも、だから純粋でもあったのです。

それに対して現在の「Teenager」はあらかじめ「若者」というカテゴリーが与えられ、重要なマーケットとして研究され、大切な消費者として囲われ、整地され去勢されてしまいました。そのことを「情けない」などといっても仕方ないでしょう。あの60年代のエネルギーも自然発生的であったこと、故に無自覚であったため、結局あれだけのものを生み出しながら、ほとんどの人々にとって「あの頃はよかった」というただの思い出です。前も言いましたが「あの頃はよかった」という姿勢ほど気持ちの悪いものはありません。

あの頃、が素晴らしかったのはなぜか、なぜそれは消えたのか、今何がなくて、何があるのか、それを考えることが、あの面白さをこれからも作り出せるのだと思います。それはまず個人の営みとして、その生活や仕事の中での実践です。

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HIKARU MACHIDA/町田光
NFL JAPAN 代表取締役社長 立命館大学客員教授 早稲田大学講師

Nuggets: Original Artyfacts from the First Psychedelic Era 1965-19682009.07.24

前回のイギ—ポップ&ストゥージズで、「彼らにあのような音を作らせたのは1969年・・」という言い方をしました。

音楽、(映画、文学なども・・)は、もちろん作者の世界観、価値観、人間性、思想、感性、問題意識などの「主体」がそれを表現しているわけですが、同時にその主体は、それが 存在している時代背景や、社会環境に大きく作用されていることは言うまでもないでしょう。

そういう時代性を超えた普遍的な作品が本物だという考え方が存在しますし、そのことはひとつの真実でしょう。しかし私はその「主体」が社会環境のるつぼの中に投げ込まれ 激しい波に飲み込まれ、ぐるぐる回ってる時の、恐怖、焦り、興奮、わけのわからない良い感じ、俺だけは解ってるぜ、あいつらみんな馬鹿、今日は世界征服したぞっていう感覚、高揚感、逆に、すんません、降参です、最悪です、もう死んじまいたいっていう情けなさ、徒労感や絶望感などなどの、思い込み、粋がり、前のめり、駄々っ子、かっこつけ、などの真剣なおっちょこちょい、も大好きです。

「Nnuggets」つまり「山師」とタイトルされたこのCD-BOXは、元々1972年に後のパティスミスのバンドのギタリスト、レニー・ケイが編集した1965年から1968年の3年間にリリースされたアメリカのティーンエイジャーのバンドたちのシングル盤のコンピレーションアルバムをもとに、CD4枚組に拡大して再発したものです。日本ではもちろん、一般的には全く無名の、限りなく素人に近いバンドばかりです。

ここではアメリカ中から集められた地方の「おれは最高だぜ」バンドの、「世界征服できるぞ」という夢というか革命幻想に満ち溢れたいい音があふれています。彼らは「Garage band」–親父の車庫で練習してたからとか「Punk」-馬鹿、くず、などと呼ばれていました。内容は、つまらない学校、うるさい親、言うことを聞かない彼女などへの不満を叫んでるものから、「紫と緑色の声が木々の間をすべり抜け、窓の隙間をこじ開け、おれの頭に入りこむ!!」といったサイケデリックな幻想まで、まあとにかく様々です。音楽はストーンズ、フー、ヤードバーズなどのイギリスのビートグループまんまから、そこにインド風の味付け、あるいはフォークのオーガニックな感じなど、これもまた多種多様。ティーンエイジャーたちの必死の自己表現は、自己満足、自己肥大の産物とも言えるし、でもそこに必死で自分の存在証明をしたいという切ない想いも感じたりもします。

実はこのオリジナルのNuggetsが1972年に発売されてから、今に至るまで、こういったティーンエイジャーのバンドのレコードの発掘作業は続いており、それはアメリカ、イギリスはもちろん、最近ではボリビア、ペルー、ウルグアイからカンボジアなどの辺境(失礼)に至るまで、世界中に広がっています。そのアルバム数はアナログ、CD合わせると少なくとも1000種類以上は出ているでしょう。私はそのうち9割くらいは持ってると思いますが、とにかく万華鏡、すばらしいです。

聞けば聞くほど結局ロックって、これ、いわゆる「初期衝動」なんだと思います。

世界中でこのいわば「バンドブーム」が到来した1960年代後半、その時代背景については次回。

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HIKARU MACHIDA/町田光
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淫力魔人(ロー・パワー)2009.07.13

今回も前回に続き、イギ―ポップです。私のグルであり、最強のアイドルです。
イギーはもう40年のキャリアを持ち、今も現役です。それもストーンズのようなお客様の期待にこたえる「芸人」で名なく、表現したいことがあふれ、新しいことにチャレンジし続ける、まさに「転がり続ける石、というか岩」です。
ですからはっきりいって失敗作、愚作もあります。でもだからどうだってんだ、って感じです。
今を、リアルタイムで生きる彼の手紙というかドキュメントです。「作品」じゃねーぞ。

デトロイトで生まれたイギーのキャリアは1967年、Stoogesから本格的にスタート、3枚のアルバムを出しました。前回紹介の「Fun House」はその2枚目、今回のは3枚目です。どれも借金しても買って聞いてください。自分と世界が変わって見えて来る、すごい音です。

この3枚のレコードには、父親が反社会的インテリであったため、トレーラーハウスで育てられた欲求不満とコンプレックス、そしてナイーブなナルシズムの塊、ジェームス・オスターバーグ(イギーの本名)と、彼に「薬がほしかったら俺のバックバンドやれ」とそそのかされた、デトロイトの街をふらつく以外何もすることがなかった、薬漬けの不良33、そしてどこにも居場所がないこの4人の子供に、このような音を出させざるを得なかった「1969〜1972年という時代」そして「アメリカ」、これらがギザギザに切り裂かれ、その傷口から流れ出す赤と黒の入り混じった血の生臭い匂いが満ち溢れています。

しかも不思議なのは、そこにはぬかるみに足を取られるようなぐちゃぐちゃ、どろどろでなくそのひどさを楽しむような、笑い続けるような感じがあり、その冷静さは「ポップ」とも言える感覚を持っているんです。多分それはイギーの自己批評のセンスであり、そのことが麻薬中毒などの苦境を何度も経験しながら、今まで変わることなく活躍して来ることができた原動力なのでしょう。

考えてみるとこの感じはSex Pistolsの「Never Mind the Bollocks」に共通するものがあります。(このアルバムはもっと「ポップ」ですがー最高です)それがイギ―ポップを、そしてこのstoogesの3枚のアルバムを「パンクの元祖」と多くの人が呼ぶ
理由なんだと思います。60年代後半のドロドロロックの世界観を持ちながら、つきぬけたポップさを持つStooges,最高です。

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HIKARU MACHIDA/町田光
NFL JAPAN 代表取締役社長 立命館大学客員教授 早稲田大学講師