「55mph」
20年ほど前、『55mph』というオートバイ雑誌があったのを知っているだろうか?
雑誌といっても書店に並ぶ本ではなく、ヤマハが申込者に有償配布していたPR誌だ。
1981年からちょうど10年間、年1冊のペースで発行されていた。
そういう僕も、じつは刊行されていた当時読んだことがなかった。
知り合いが綺麗に保存していたバックナンバーを借りて、あらためて目を通したのはわりと最近のことだ。
各号の巻頭記事は、アメリカ、イタリア、スペイン、オーストラリア、ニュージーランドといった海外のロケ取材。
その他の記事もファッション、ルポルタージュ、小説、モータースポーツ関連と多岐にわたり、執筆陣は片岡義男、松山猛、山川健一、景山民夫、柏秀樹(敬称略)といった一流の作家、ジャーナリストがずらりと顔を揃えている。
加えて写真がまた素晴らしい。
メインフォトグラファーを務めているのは当時、ファッション界で活躍していた半田也寸志、森川昇といった写真家で、彼らが撮り下ろす“オートバイのある風景”は、いま見てもとても新鮮だ。
エディトリアルデザインの世界では有名な、ダイアモンドヘッズ鈴木氏が手がけたページレイアウトにも唸ってしまう。
ついつい狭苦しい誌面(オタク的、と言おうか)になりがちな専門誌とは対照的に、写真を大胆に配したそのレイアウトは、アメリカのフリーウェイの制限速度に由来するという『55mph』というタイトル通りの大陸的な空気感に包まれていて、誌面から気持ちのいい風が吹いてくるようだ。
初めて読んだ瞬間から、たちまちその世界に引きこまれてしまう。
そして、表紙に“MOTORCYCLE UTOPIA”というキャッチコピーを謳うこの雑誌を、ヤマハという二輪メーカーが制作していたということにあらためて驚きを感じずにいられない。
自社製品のPRという枠を超えて、オートバイという乗り物の素晴らしさを伝えるために、これだけの予算や手間をかけて誌面を作っていたその見識に対してである。
思えば80年代とはそういう時代だったのかもしれない。
雑誌に限らず音楽やアート、あらゆるポップカルチャーのジャンルにおいて、今も色褪せないスケールの大きな作品が数多く生まれた。
そしてオートバイという乗り物がキラキラと輝いていたのもその10年間だった。
あの時代の空気を吸って育った僕らだからこそ、知っているオートバイへの憧れや想いがある。時代を超えてそれを伝えることが、きっと雑誌にはできるはずだと思う。
POSTED BY:
KEISUKE KAWANISHI/河西啓介
株式会社ボイス・パブリケーション・「MOTO NAVI」「BICYCLE NAVI」編集長