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REIJI YAMADA 山田玲司
漫画家 環境問題活動家
12歳の時、手塚治虫氏に出会い漫画家になることを決意。以降「Bバージン」「アガペイズ」「絶望に効くクスリ」「ゼブラーマン」とヒットを飛ばす。環境問題にも明るく、多くの専門家・NGOと繋がりを持ち、「非属の才能」ほか著書も多数持つマルチアーティストである。

才能とは何だ? −「非属の才能」2009.07.30

才能とは何だ?
漫画家なんかをやってるとこの問題は常に考えてしまう。

確か「ブスとバカは東大に入れ」という漫画があったけど、これは「才能」というものは生まれながらにして「ある、なし」が決まっているという現実主義からきた言葉だろう。誰にでも才能があるわけじゃないなら東大にでも入るしかない、というわけだ。
本宮ひろし氏もビートたけし氏も「この世界に才能のないやつが入ってきたら悲惨だ」と言っていた。
「この世界」とは漫画業界や芸能界のことを言っているのだけど、僕はすべての世界に当てはまると思う。

たとえば箸1つ作るにもアイデアや工夫、才能は必要だし、「ラーメン屋さん」でも「ユニクロのレジ」でも才能は必要なのだ。
マニュアル通りにやってれば大丈夫だといわれても、ラーメン屋の才能、レジ担当の才能、というのがあって、自分の持っている才能が有効に使える仕事に付くことはかなり大切だと思う。

そして最も物を言う才能が「独創性」という才能だ。

独創性、独自性のある人には必ず仕事がある。社会から必要とされるため充実感もある。
では、この独創性というものは、限られた人にしかないのだろうか?

僕にはそうは思えない。

独創性という才能は、人と違う部分に生じる。

それは空気を乱し、迷惑で、非生産的なものかもしれない。
そんな「人とは違う感覚」をこの国の人は「無いもの」としようとする傾向が強い。
そんなものは「群れの中」では迷惑だからだ。
ところが、そんな「迷惑な感覚」の中にこそ独自性はある。
エジソンも黒柳徹子も学校を追い出された問題児だった。
本宮ひろしもたけしも社会の中で「ろくでなし」お言われてきた人だ。

そうなると不登校児やいじめられっこ、社会不適合者の中にこそ未来を救う才能の持ち主がいるのではないか?
もしくは、無理に社会に合わせて自分を殺してきた人の中にある「違和感」にこそ突破口があるのではないか?

この仮説は僕の5年に及ぶ取材の中で正しいことが証明されたと思っている。

「非属の才能」はそんな僕の研究テーマの集大成です。
これは「I choose」です。

ちなみに、この夏僕の新書の新作も出ます。
タイトルは「キラー・クエスチョン」
これは「人付き合いの特効薬」になる本ですのでこちらもよろしくお願いします。光文社新書 8月17日発売です。

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REIJI YAMADA/山田玲司
漫画家 環境問題活動家

バカは置き去りにして楽しもう − 映画「ウェイキングライフ」2009.07.06

確かに大好きな映画は沢山ある。
お勧めしたい映画も山ほどある。
でも、音楽のCDは毎日でも聞くときがあるのに、お気に入りのDVDを毎日は見ない。
僕は漫画家で美大生だったので、20代の頃には「毎日こればっかり見てます」みたいな映画はあったけど、これは漫画のための勉強なので普通はありえない話だ。

ところが、仕事場で何年もほとんど毎日に近いくらいに見ていたDVDがある。

YOU CHOOSEと聞かれたらこれを入れないわけにはいかないだろう。

それがリチャードリンクレイターの「ウェイキングライフ」だ。

絶望に効くクスリという漫画でさんざん人を褒めてきた僕だけど、正直な話、あまり人の作品を褒めるのは好きではない。なぜなら自分も作品を作る人間だから本当は悔しいのだ。
いい作品や、いいテーマ、やりたかった表現をやられたのを見て呑気に喜んでいられたのは「スターウォーズ」の頃で終わっている。

それでもこの「ウェイキングライフ」に関しては、認めないどころか「ありがとう僕のために・・」という気分になるのだ。

この映画は実写で撮ったものを加工してアニメ風に変えている。じつに危うい印象の画面だが、内容が夢と現実の狭間にある世界を描いているので、その手法が表現と完璧にマッチしている。

そして沢山の人が「夢と人生」について語るシーンが続く。これがまた広くて深い。1度聞いただけでは何を言っているのかわからないものから、わかりやすかったはずの言葉が何度も聞いているうちにわからなくなるものもある。
主人公はその奇妙な世界の中で人に話を聞きながら旅を続けるという映画だ。

確かどこかの映画監督が「映画は体験だ」といっていたけど、この作品は1度映画館に行った体験だけでは終われないタイプの作品だ。何度も何度も味わってその意味を深めていく種類のアートだと思う。

もしかしたら60年代の実験作映画などにこの手のことを目指した作品もあったのかもしれないけど、不幸にもその時代繰り返し何度も同じ映画を見るのは普通の人には難しかった。

DVDというものが本当に価値を持つかどうかはこういう映画にかかっているのかもしれない。

漫画もその時だけで読み捨てられるものを描いていたら紙媒体として残っていくのは大変だろう。
その時だけでは終われない価値。
わかり易さばかりを追い求めがちな時代にこそ進むべき道はそっちだと思う。

「バカは置き去りにしておこう」

こんな言葉を心の片隅に置きながらでなければ、この大衆メディアで肥大化したお客様の自我に、大切なものを食いつぶされてしまうと僕は思う。

リンクレーターも「スクールオブロック」みたいなわかりやすいものも(実はこれも名作)撮りつつ自分の撮るべき映画を撮っている。

あまり彼と年も変らないので悔しいけど、僕は彼を認める。

なぜなら映画の中で彼はいつもこう言ってるのだ、

「さあ、バカは置き去りにして楽しもうぜ」

こんなやつがいるから「まだ生きていてもいいか」と思うのだ。

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REIJI YAMADA/山田玲司
漫画家 環境問題活動家