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英雄色を好む2009.11.18

「ジョン・メイヤーっていいギターを弾くよな」
「でも、やたら女優との浮名が多いアーティストですよね」
「それは、英雄色を好むじゃ…」

一行目と三行目は同一人物(私)。二行目は、業界のとある若者A君。

「最近、昔買ったCDばかりを聴いていて、新しい人たちのCDを買っていないなぁ。。。」
先週の木曜日の午後に、ふとそんなことを考えてしまいました。
過去を懐かしみ、あの時はよかった、最近はいいのがない、
など言うことも会話の端々に出てくる今日この頃。

大好きなアーティストが新譜を出すのを指折り数えたあの頃と同じような気持ちになりたい。
名盤は今でも続々と制作されているのに、
情報を追いかけることを面倒くさく思った時から
音楽から離れてしまっていくことは始まっているのか?

私にしては珍しく最近の人の話題。
その名はジョン・メイヤー。

Daughtersでグラミー賞の「Song of the Year」を受賞したのが2004年。
この手のシンガーソングライター・ギタリストが受賞するのってなぜか嬉しい。

ヴォーカルのフィーリングもよいし、何よりギターが「歌っている」。

この人若いのにクラプトンやB.B.キングなどのベテラン大御所ギタリストとは競演しているし、
ブルースにがんがんにのめり込んでいるのがまたいいですね。
デレク・トラックスといいアメリカのギタリストは層が厚く、
素晴らしいギタリストが出てくると感心しますなぁ。

このライヴアルバムでは、
私の大好きなトム・ペティの曲を取り上げるなど選曲センスも非常によろしい。

しかし、レイヴォーンに憧れブルースにのめり込み、
枯れた声で歌う彼も若者ゆえいろんな女優との浮名が絶えない。。(笑)。
これも世の流れか。。

ブルースギタリストって個人的には「ストイック」な印象を持ってしまう。
ブルースのルーツを求め旅をし、ギターを担いで町から町へ、
そして町の小さなライブハウスで飛び入りという名の勝負を地元のギタリストに挑む。。。

どうもそういうイメージが強いんだよなぁ。。。

ブルースなどをやっているアーティストとハリウッド女優が付き合う、
ということが何となくしっくりこないのは私の勝手な妄想なのか。。

日本で言うと、「柔道の道場破りが、女優と付き合う」みたいな感じか…。

やっぱ、おかしいッス。

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HIDESHI OKI/沖秀史
株式会社USEN 音楽番組制作部長

歌謡曲の境界線2009.11.16

「歌謡曲って、実はとっても奥が深い・・・気がする」
僕がそう感じて、あらためて歌謡曲を聴きだすようになったのは、
20代も後半になってからのことだ。

子どもの頃に流行っていたヒット曲を聴き直すことに始まり、
自分が生まれた時代をさらにさかのぼって、レコードに吹き込まれた
音源が今CDで聴ける限界の昭和初期まで聴き及んでしまった。

ラジオやレコードから大衆に向けた商業音楽が日本で流れはじめたのは
年号が昭和に変わってからのこと。だが平成のヒット曲まで含めると、
歌謡曲の歴史や定義には人それぞれの解釈があることだろう。

僕が「この曲は歌謡曲」と判断するときの指針は、テレビ東京で毎年、
盆暮れに長時間放送される歌番組、「夏祭り&年忘れにっぽんの歌」だ。
この番組で歌われた曲や、出演した歌手の持ち歌であったりすれば、
それは僕のなかで歌謡曲となる。だからマツケンサンバは歌謡曲だし、
将来B’zがこの番組に出れば、出た時点でB’zの曲は全て歌謡曲となる。

趣味で音楽を聴いたり演奏したりする人々との、こんなやりとりで
歌謡曲を測るのも、僕にとっては面白い。

「歌謡曲は好きですか?」
「いや、歌謡曲は嫌い」
「たとえばどんな歌手のどんな曲?」

嫌いと答えた人から具体的に出てきた曲こそ、ド真ん中の歌謡曲だ。
クラシック、ジャズ、ロック、自分の聴くジャンルにこだわりを持って
いる音楽愛好家、ミュージシャンに、なぜか歌謡曲は敬遠される。
フォークやニューミュージックの世界でさえも、そのブームのさなかには
アーティストやリスナーから一線を引かれた音楽、それが歌謡曲だ。
ところが歌謡曲は、時の流れとともに、それらを「懐メロ」の名のもとに
ジャンルを超えて自分のなかに取り込んでいく。

どこからどこまでが歌謡曲か、
いつからいつまでが歌謡曲か、
現時点での歌謡曲の線引きなど、意味のないことかもしれない。
だけど、僕は歌謡曲が好きだ。それだけは間違いない。

ある時期多くの日本人の心をつかんで一世を風靡した歌、
時代をこえて日本人に歌い継がれていく歌、
時代に取り残されて存在価値をなくし忘れ去られていく歌。

そんな歌たちへの興味が愛着に変わり、その魅力を言葉にしてみるつもりが
とんだ前置きになってしまった。

今度からはひとつずつ歌手や曲を選んで、僕なりの歌謡曲の楽しみかたを
紹介してみたいと思います。

最後に、歌謡曲の第一人者であり、僕と違って歌謡曲について明確な基準を
持っている作詞家・阿久悠氏の著書を、今回は導入がわりにご紹介します。

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RITO MIURA/三浦鯉登
作曲家・ミュージシャン・昭和歌謡研究家

KISS論2009.11.04

「ほう、久しぶりにKISSのニューアルバムが出るな」
「あの聖飢魔IIみないなメイクをしたバンドですか?」
「普通、聖飢魔IIがKISSみたいなメイクをしている、というのじゃ!」

一行目と三行目は同一人物(私)。二行目は、業界のとある若者A君。

というわけで、今回のテーマはKISS論。

KISSの音楽を分析する、というよりはKISSのビジネスについて述べたい。

1973年結成(ファーストアルバムは1974年にリリース)なので
既に36年目に突入するというロックバンドである。
ご存知のようにメイクを施し、
重たい衣装にハイヒールを履いてロックするイカしたバンドである。
ジーンが血を吐き、火を吹き、ポールは客席の上のを舞い、ドラムはせり上がるという
まさにアトラクションのようなステージが人気を博している。
ちなみに血を吐くジーン・シモンズは今年60歳(!)。

メンバーの変遷も激しいものがあるが、
一番不思議なのはこのバンドの2大フロントマンである、
ジーン・シモンズとポール・スタンレーの関係値ではなかろうか?

個性の集合体であるKISSというバンドにいて、
互いに激しいエゴをぶつけ合いながらも
この二人が過去に一度も決裂しなかったのは、
もはやKISSというビジネスを続けていく中で、
その存在を維持することがビジネスマンとしての彼らの使命と化しているからではなかろうか?

一時期、ジーン・シモンズは俳優という副業に忙しい時期もあったが、
この時期にこのバンドとブランドをポールがしっかり支えてたからこそ空中分解もなかったのであろう。
必ずしもメンバー全員が揃ったレコーディングでなくても、
KISSという看板を下さずにやり過ごせていた時期も実際にあったようだ。
ちなみに中期のヒット曲「シャンディ」を演奏しているKISSのメンバーはポール一人のみ(!)。
当時の私は、「ピーター・クリスは随分ドラムが上手くなったな!」などと勘違いしていた。。

ファンを大事にする彼らは、KISSというブランドを戦略的に使っているし、
膨大に存在すると思われる未発表の楽曲や映像、
そして何よりそれらを行使するタイミングなど、緻密に練られ、
そしてそのストーリー性と共に世の中への登場の仕方などが日々協議されているのに違いない。
KISSのマーチャンダイズ戦略(ロゴ、メイク顔などめっちゃTシャツにしやすいし)も
徹底的にマーケティングされていると思う。

きっと株式会社KISSというのがあって、
社長=ジーン・シモンズ、副社長=ポール・スタンレイで毎朝取締役会とかやっていそう。。。

先日購入したポール・スタンレーのソロライブのDVDにはしっかり
「Paul Stanley Music Co.ltd」とクレジットが入っていた。。
KISSも分社化しているのか?

さて、そんなKISSがニュー・アルバム「Sonic Boom」を発売した。
前作「サイコ・サーカス」発売が1998年なので、ファンとしては11年も待たされたニューアルバムである。
これにはどんな邦題が付くのか??「地獄の衝撃音波」とかになるのかなぁ(笑)。

トミー・セイヤーへ
ブラック&ブルー、そしてKISSの裏方、トラを経て、KISSのメンバーになりつつ、
LIVEに明け暮れた生活だっと思うが、
やっと君のプレイやヴォーカルがオリジナルアルバムのスタジオ盤に収録されことを嬉しく思います。

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HIDESHI OKI/沖秀史
株式会社USEN 音楽番組制作部長