ボーカルとは究極の生楽器だ。
楽器を弾く方なら分かると思うが、その日の体調、コンディション、指先の感触ひとつでも演奏に影響する。
ボーカルの場合、それ以上に「楽器」そのものも自分の身体の一部であり、この「楽器」自体のコンディション維持も大変なのだ。
隆太君の場合、まだまだ成長期まっただ中。
コンディションを見ながらのボーカル・トレーニングは最重要部分である。
プロ・ゴルファーも、フィギャースケーターも、ジョン・ボンジョビも、名コーチが付いている。
日本のボーカリスト諸君も自覚を持った方が良いのではないか?
あ、いや、説教するのが目的ではない。
牛島隆太がその後「人気者」になれたのも、「歌がうまい!」と言われるのも、この訓練があったからこそだ。
デビュー曲となった最終プレゼン曲、「フレンズ ―君の記憶のなかの僕―」も当初は決してすばらしい出来ではなかった。
むしろ逆だった。
1曲で聴き手を魅了するには、おのずと曲の「ハードル」が上がってしまう。
彼が努力を重ねて、「うまく歌いたい」という思いが重なって、彼が持っている声や表現が発揮されて、初めて「良い曲」に聞こえるはずだった。そこからが牛島隆太の本領発揮だった。
負けず嫌い、粘り強さ、努力家、全てが「フレンズ」攻略に頭をもたげ出した。
ボイス・トレーニング担当の森「コーチ」と特訓の日々。
しかも、授業と部活、試験はおかまいなしに割り込んで来る。
最終プレゼン曲を事前に演奏するのは異例だったが、川崎のストリート・ライブでさっそく披露した。
隆太君を含め、我々自身の反省、改善点を確かめるためだ。
決して付け焼き刃では表現しきれない曲が、だんだん煮詰められていった。
(続く)
http://tearbridge.com/ushijima/
POSTED BY:
HIDEO SAITO/斎藤英夫
音楽プロデューサー・作曲家・編曲家・ミュージシャン
牛島君のブログを毎回見てもコメする一歩が出ずに(若い子が多くて・・・)いましたが、斎藤先生の読ませていただいて、なぜか指が動いていました。
合唱歌わせていただいた娘の母です。歌スタを見て、そして川崎の路上ライブをみて、15歳の少年の何とも言えない世界に引きずり込まれました。いまだかつてこの年まで、自分の足で自ら歌を聴きに行こうとしたことがなかったのに、娘に「路上ライブ行きたい!!」と誘ったのです。
ただ、同じ年の子を持つ母として 15歳で大人の世界に入り、夢が現実のものになったとはいえ
この先に待ち構えているいくつもの困難を思うと・・・どうか5年先10年先を思い乗り越えてほしいと祈ってしまいます。
彼はほんとに多くの人に支えられているのだなと、斎藤先生の読んでいて感じました。 普通の世界とは違い 生き残るのは本当に大変なことだと思います。
でも 私は5年先10年先15年先の彼の声、彼の歌を聴きたいと心から思います。
ど~なっていくのか楽しみです。
from 15歳の母 | 2010年03月6 10:50 PM
コメント、ありがとうございます!そして、すばらしい合唱をありがとうございました!
確かに15歳の少年にとって、この先困難の多い事と思います。ただ、ボクはあえてその困難に遭遇させてやりたと思ってます。大人が「杖」を差し伸べ過ぎて、転び方を経験しない若者がたくさんいます。自分が「プロで歌いたい」と立候補した以上、その責任は自覚していてほしい。隆太君は、その覚悟を持っている「いさぎよさ」が、皆を動かすのだと思います(本人は自覚してないかもしれませんが)。
今後とも是非応援よろしくお願いします!
from 斉藤英夫 | 2010年03月8 6:54 PM