Archive for 6 月, 2010

5月22日「国際生物多様性の日」、都内の石神井公園に出掛けた。
到着するとY氏から「羽化直後らしきオオヤマトンボの個体が、この状態のまま朝からまったく動かない」と、教えて頂いた。
どうやら羽化の失敗らしい(右後翅が完全に開かずに翅が乾いてしまった状態)。
素早く数枚シャッターを切り一旦此処を後にする。
1時間後に戻るとまさにグッドタイミングで、翅を小刻みに振るわせ筋肉を温め始めた。
果たして飛び出しは如何にと注視する。
僅か20秒ほどで飛び出したものの、まるでバランスの悪い紙飛行機のように飛び出しと同時に水面に落下した。
「バシャ!バシャ!」と、カナヅチの人が溺れたように口をパクパクと苦しげに開閉し、翅をばたつかせ、やっとの体で目の前の草にしがみついた。
このただならぬ音に引き寄せられたか写真の画面右端から肉食のアメンボウがスーッと忍び寄り、オオヤマトンボの様子を窺い始めた。

オオヤマトンボ(エゾトンボ科オオヤマトンボ属)
止水池などの泥沼や池に5月~9月頃発生する。大きさは約80mm前後で北海道から南西諸島にかけて分布。
成熟成虫の♂は広い沼池の周辺をパトロールで飛び回る。
頭部全面には上下に2本の黄色の線が入り、翅胸(しきょう)には黄色と濃い金緑色の輝きがある。
ちなみに名前の由来は、ヤマトンボ亜科では最大種なのでオオヤマトンボ。

オオヤマトンボその後
しがみつくこと3度目でよじ登りに成功(アメンボウはひとまず諦めた様子)。
水で濡れたのが幸いたのか後翅が先ほどよりも少し広がったよううに思えたのだが・・・。
翌日Y氏のホームページを覗くと「23日の朝には居なくなっていた」と、記されていた。

この時の撮影技法(マニュアルフオーカスのすすめ)
カメラのフォーカス(ピント合わせ)について。
ピント=フォーカスといいます。
撮影では大きく分けて「オートフォーカス(自動ピント合わせ)」と「マニュアルフオーカス(手動ピント合わせ)」を使い分けます。
例えば、ケースにもよりますが動きの激しい被写体ではオートフォーカス、動きが少ない被写体ではマニュアルフォーカスが便利という使い方です。
今回のケースではオオヤマトンボにはほとんど動きがないのでマニュアルファーカスにしました。
理由はトンボと水際を一枚の画に収めたいのと、構図に集中したいからです。
オートフォーカスではターゲットを画面中央から外して撮影する場合、シャッター毎に半押しロックを多用しなければなりません。
またトンボの手前に小枝や葉っぱなどがあるとオートファーカスが行ったり来たりと迷走が頻発するからです。
その点マニュアルフオーカスならば手前に枝があろうが葉っぱが風で揺れていようがトンボの小さな目にファーカスを最後まで合わせ続けられるのです。
今回の望遠レンズのデリケートなファーカス(数ミリ)にはマニュアルフォーカスがオススメです。

カメラ設定
露出設定マニュアル露出、シャッタースピード1/125秒,絞りF5.6、ISO400,内蔵ストロボ使用

使用機材
Canon EOS40D、300ミリF4 IS

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TSUGIO NISHIMURA/西村次雄
写真家

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今年のカナダGPはマクラーレン・ディだった。
マクラーレンはトルコGPでもワンツーフィニッシュを飾ったが、トルコの勝利はレッドブルの同士討ちの結果転がり込んできたものだった。
カナダではチームの総合力で勝ち取った真の勝利だ。
F1マシンのポテンシャルはいまだにレッドブルのほうが若干上かも知れないが、チームの総合力はマクラーレンの方が上だ。
ジル・ビルヌーブ・サーキットはブレーキとタイヤに厳しいサーキットなのでドライバーのブレーキの使い方とチームのタイヤ交換戦略が勝敗を決める大きな要素になる。
ドライビング面から見るとブレーキングの巧いハミルトンはみごとに予選と決勝を制した。

トルコではあまりいいところが無かったフェラーリが盛り返し、逆にメルセデスはカナダではぱっとしなかった。
アロンソとクビサは相変わらずドライバーの力によってマシンのポテンシャル以上の結果を出している。
それにしても、今年のF1は稀に見る接戦になっている。
現在ランキングトップ5のドライバーたちはほとんど差がなくレースごとに順位が入れ替わる状況が続いている。
レッドブル独走でもなくなってきているしコースによってマシンとの相性などがあるから毎レース予想が立たない。

ブレーキングはドライバーの腕の見せ所だ。
エンジンや空力性能が劣っていてもブレーキさえまともであればドライバーはコーナーの突っ込みで自身の技量と度胸の限りを尽くしてブレーキングを遅らせてライバルの前に出ることが出来る。
ハミルトンの場合は、ほんの数秒ブレーキングするときにどの程度手前でどの程度まで踏み込むかという組み合わせが絶妙なのだろう。
レッドブルは、今回カナダGPでは、何かマイナー・トラブルを抱えていたために終盤マクラーレンを追撃できなかったようだ。
ひょっとしたらブレーキ・トラブルかもしれない。
ただし、ドライバーがブレーキをうまくセーブしていないと終盤つらくなるということもあるので真相はわからない。

次は、ヨーロッパ・グランプリだ。
F1は原則1国1開催だが、その時々で、チャンピオンドライバーがいる国、複数のチームがある国などで地域名を冠したGPが国名を冠したGPとは別に見ることができる。
バブル期の岡山のパシフィックGPやシューマッハ全盛時代のドイツなどは1国2開催をやっている。
10年後には中国でアジアGPが開催されるかもしれない。
それはともかく、最近のヨーロッパGPはスペインのバレンシアで開催されている。
バレンシア・オレンジの里、バレンシアである。
ここは、公道サーキットなので、路面のミューが少なく、低速コーナーが多いのでメカニカルグリップのいいマシン(ルノー、ウイリアムズ、ロータス?)低ミュー路面が得意そうなドライバー(クビサ、ロスベルグ、リヴィツィ、フェッテル、バリチェロなど)活躍がみられるといい。

ところで、今回のヨーロッパGPはティーム・ロータスの500戦目にあたる。
名門ロータスがナショナルカラーであるブリティシュ・レーシング・グリーンにロータス・イエローストライプで今年復活したその年に500戦目が巡ってきた。
数年以内にはトップチームになってほしいと思う。
願わくばドライバーの一人は日本人で。
2010 ©Yukichi Otsuka, All Rights Reserved

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YUKICHI OTSUKA/大塚雄吉
学会ネット株式会社 代表

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5月初旬、花見客の少なくなった頃合いを見計らい、平安時代から今日まで想像を絶するほどの多くの人々に愛でられてきた巨樹「三春の滝桜」に会いに旅に出た。
幻想とデジタルカメラを手に滝桜の前に立つ。
今年は寒気がしばらく居座っていたせいか妖艶な花もいまだ少しだけ居残って、ファインダー越しに残り少なくなった花びらが、薫風のリードで悲しげに舞っていた。

三春の滝桜とは
種類:エドヒガン系のベニシダレザクラ(紅枝垂桜)(バラ目バラ科)国天然記念物。
古くから「滝桜」と呼ばれる巨樹で、花が滝のように流れ落ちる様が見事でその呼び名になったといわれる。
また、桜の中では最も長寿な品種の一つで樹齢1000年以上ともいわれる。
樹高13.5m、幹周り8.1m(地上高1.2m)、根回りは11.3m、枝張りは幹から北へ5.5m、東へ11.0m、南へ14.5m、西へ14.0m。(三春町のホームページ参照)
場所:福島県田村郡三春町大字滝字桜久保 

ちなみに、日本三大桜とは「根尾谷淡墨桜」「山高神代桜」「三春の滝桜」。
その中でも最後に妖艶な花を咲かせるのは「三春の滝桜」である。

この時の撮影技法(モノクロームの味わい)
満開の見頃ではないけれど、桜吹雪後の滝桜もまた捨てがたい魅力があるのではと、あえて時期をずらし「三春の滝桜」を撮影した。
遠くから眺め、そして徐々に巨樹に近づいて眺める。
おおよそ大人5人程で囲めるほどのねじれた根回り、四方に張り出した見事な枝張。
その迫力はまるで瀑布の裏側に迷い込んだようだ。
そんな幻想を17ミリ広角レンズのパースペクティブ(遠近法)を活用して撮影した。
モノクロームの滑らかなグラデーションと鮮烈なコントラスト、そこに潜む記憶色。
見る者に委ねる幻想の色や歴史感。
そこにこそモノクロームの深い味わいが隠されているのかもしれませんね。

NikonFとモノクロフィルムの想い出
写真を本格的に習い始めた大学生の頃、最初に買ったカメラは「NikonF」だった。
不思議だが、今でも鮮烈に蘇るのはその時の新品カメラの臭いである。
その良い臭いのするNikon Fに装填したフイルムはいつも決まってKodakのモノクロフイルム「TRI-X(現:400TX)」だった。
100フィート巻きの缶入りを買いもとめ、現像所でゴミとなった空のパトローネを貰い自分で巻き込んで使っていた。
然り、Tri-Xフイルムの臭いもまた私にはたまらなく良い臭いで、いつもカメラを手元に置いてキャパやブレッソンなどの写真集に見入っていた。
そんな学生時代、『IMAGES OF WAR』のある一枚の写真について「カラーかモノクロ」か?明け方まで熱く論争した。
それはロバート・キャパのモノクロ写真で若い兵士が銃弾に倒れ、床に血が水たまりのように広がっている凄惨な一枚だった。
「カラーでは生々過ぎるのではないか」「いや戦争の凄惨を伝えるには生々しいカラーの方が・・・」という論争であった。
1954年5月25日インドシナ。ロバート・キャパ最期の日、ライフ誌の依頼でカラーとモノクロフィルムで撮影していた。
カメラはコンタックスⅡとNikonS。
そして・・・地雷を踏んだ時に手にしていたのは、彼がもっとも信頼していた「NikonS」だといわれている。

カメラ設定
露出設定マニュアル露出、シャッタースピード1/500秒,絞りF10、ISO200

使用機材
Canon 5D MarkⅡ、17~40ミリF4( 17ミリ付近で使用)

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TSUGIO NISHIMURA/西村次雄
写真家

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