Archive for 9 月, 2009

自分が好きだった映画や漫画など、
主に視覚コンテンツのことを書きたいと思います。
初回のテーマは「ゴジラ」です。

ゴジラが登場した1954年から1975年までの約20年間に
15本のゴジラ映画が作られた。
後のシリーズと区別する意味で、
一般に昭和ゴジラシリーズと呼ばれている。

自分は小学生の頃に、東宝チャンピオンまつりという
数本立ての子供向けオムニバスの中の一作品として初めてゴジラに接した。
東宝チャンピオンまつりは、春や夏の子供集客企画で、
毎回ゴジラ映画の新作を上映する訳ではなく、過去作品の再映で体裁を作っていた。
自分が親に連れられ初めて東宝チャンピオンンまつりを訪れたのは1970年。
その際のゴジラ映画は「キングコング対ゴジラ」だった。
子供心を鷲づかみにされた熱烈なゴジラファンが一人誕生した。
その後「モスラ対ゴジラ」「怪獣大戦争」でゴジラ熱は高まって行く。

その3作は1962年から65年にかけて製作された作品で、
自分はロードショー公開から5年~8年後に劇場で観たことになる。
公開1年以内のレンタル流通が当たり前になった現代では考えられないことだ。
でもこれは、結果として幸運だったと思っている。
初期のゴジラ映画は日本独自の怪獣映画というジャンルを確立した秀作が多く、
自分はその初期の作品を心待ちにして劇場で観たからこそ、
由緒正しい(?)ゴジラファンになったと断言できるからだ。

概して昭和ゴジラシリーズは後半に行くほどダメダメである。
1972年に新作として公開された「ゴジラ対ガイガン」などを見直すと、
その手抜きと質の劣化が明らかで「子供だまし」という形容がピッタリとはまり、
続く「ゴジラ対メガロ」などはテレビドラマ以下の寒い笑いに満ちた作品だ。
データを手にしている訳ではないが、東宝チャンピオンまつりの興行的成功が
ゴジラ映画を完全な子供向けに方向転換させたことは明確だろう。

シリーズものを続けるのは難しい。
新しい魅力を提供し続けない限り客足は遠のいて行く。
回を重ねるごとに、ゴジラは擬人化して行った。
人類の味方になり、空を飛んで、プロレスまでやった。よく15作も続いたと思う。
ただ、内容がどんどんと幼稚になって行ったことは、
本当に正しい方向性だったのか?
子供の鑑賞視点はそんなに低いのか?
少なくとも小学生の自分は、人類や子供の味方のゴジラよりも
モスラと戦っている悪役ゴジラの方が強そうで凛々しくて好きだった。

そんなことを反省したのか、ゴジラは1984年に復活して悪役を演じるが、
こちらは違った意味で微妙なシリーズとなった。
それについてはまた別の機会に…。

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TAKASHI IKEGAMI/池上隆士
株式会社東北新社 プロデューサー

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「水と米」の取材で南魚沼の「龍言」に投宿している。

昨夜はしこたま旨い酒「八海山」を呷ったはずだが、
この日も目覚め良く浴衣姿のまま、
いそいそと2台のカメラをぶら下げて仄暗い部屋を抜けだした。

朝焼けの中庭に出ると、
まだ人影はなく予定の撮影も順調に進んでいたが・・・、
何かしら足下で蠢いている。

目を懲らすと蠢く正体は日本最大のトンボ「オニヤンマ」。
約4~5頭程が産卵の真最中である。
幸い当初の目的であったカットは撮り終えていたので急遽、
鬼のパンツをはいたオニヤンマに変更。

オニヤンマ(鬼蜻蜓、馬大頭)
日本最大種、トンボ目オニヤンマ科、
頭部から腹の先端まで♀は♂より大きく95~110mmほど。
名前の由来は、
黒と黄の段だら模様から虎の皮の褌を締めた鬼を連想させる事から、
オニヤンマという名前がついたとのこと。
ちなみに日本最小トンボは一円玉(20mm)に収まるハッチョウトンボ(18mm)です。

★8月吉日、成美堂出版から『一冊でわかる楽器ガイド』が出版されました。
この本は「楽器へのいざない」をメインテーマに
オーケストラに使われる楽器の音の出る仕組み、歴史、音域にまつわるエピソードなどが満載です。
私は表紙や楽器などの写真を担当。
音楽に興味のあるか方は書店にてご覧頂けると幸いです。

この時の撮影技法
産卵時の臨場感の表現がポイントです。
暗がりの中での産卵シーンはストロボが必須。
幸いニコンデジタルカメラD300は内蔵ストロボがマニユアル設定可能なので、
緊急手段として内蔵ストロボをマニュアルに設定(ストロボオートでは光のコントロールが難しい)。
もともとトンボは動く物には敏感に反応しますが、
そ~っと距離を詰めればかなり近くまで寄れます。
せせらぎの中に入り大股開きで撮影していたら、
なんと浴衣の中まで入って来ました。

あっけにとられつつもノーファインダーでカメラボディーが水に触れるほど水面ギリギリまで低くセット。
オニヤンマの産卵管が川底に触れた瞬間に産卵が行われるので、
その瞬間がしっかりと裸眼で確認できる約50㎝まで近づき、
リズミカルな産卵のタイミング合わせて撮影しました。

手の届く位置まで近づいてオニヤンマと同じ目線ならば、
離れて撮る場合よりも臨場感がより表現出来るように感じますが如何でしょうか?

カメラ設定
露出設定マニュアル、シャッタースピード1/45秒,絞りF8、ISO400、内蔵ストロボ使用マニュアル設定

使用機材
Nikon D300、18~55mmズームレンズ。

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TSUGIO NISHIMURA/西村次雄
写真家

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野中郁次郎氏の「アメリカ海兵隊」は、最強組織とは何かを求めた本。
太平洋戦争で日本がなぜ負けたかを分析研究した「失敗の本質」(野中氏他の共著)へのアンサーブック。
日本軍はだめだった。
では、成功の罠に落ちない組織とは何か?

この本で面白いのは、1921年ワシントン軍縮会議以降。
西部太平洋におけるマリアナ、カロリン、マーシャル諸島は、日本の委任統治領となり、

第一次世界大戦の勝者であるはずのアメリカは、逆に太平洋では大戦前より弱者となったという指摘です。
日米開戦になれば、アメリカ艦隊は太平洋を渡らなければならなくなる。
海兵隊は、日本軍の島をひとつひとつ奪取するため、
海と空の軍事力で敵の陸軍力を打ち破るという新しい「コンセプト」=「水陸両用戦」を提唱しました。

「水陸両用戦」は太平洋戦争に勝利することで完成、しかし役割を失います。
成功の罠に落ちるどころか、成功すると組織をなくすという過酷。
海兵隊の航空部隊は、空軍に移管するという意見もでました。
熱核弾道弾が登場すると、海兵隊って半分くらいでいいんじゃないの?とまで言われてしまう。

1950年、朝鮮戦争の劣勢を仁川上陸戦における海兵隊の活躍で挽回したことから、「即応部隊」としての機能を証明してポジションを確保。
即応部隊をより高度に実現する「新しいコンセプト」=海兵空・陸機動部隊(MAGTF:Marine
Air-GroundTask Force)という組織構造をつくります。
軍事介入の期間に応じた戦争機能(兵器、兵站、人員)をone packageで編成される、世界で唯一の軍事組織形態。

海兵隊は陸海軍への吸収や組織の大幅縮小という「存在危機」に、
「新しいコンセプト」を自らつくり出し、それを実現する組織に自己革新することで生き残ってきました。

なぜ、それが本当にできるのか?

存在意義についての強烈なプライドがあると思います。
「真っ先に戦う(First to Fight)」。
米国の戦争では「即応部隊」として必ず最初に海兵隊が投入されます。

どんな状況でも必ず最初に戦うことが決まっているのは、「それは私の担当ではない」的な逃げが利かない。
世界中のどこでも、一定の期間戦争しなければならない唯一無二の組織。
強烈なプライドとロイヤリティが生まれやすい。

First to Fightが最優先で、組織形態も戦略も手段に過ぎず、ドラスティックに変更できる遺伝子がある。
リクルートのかつての社訓「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」という言葉も思い出します。

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NORIYUKI TANAKA/田中紀之
株式会社ディーツーコミュニケーションズ 事業開発本部 本部長

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